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どんなに炭酸ジュースが飲みたくなっても翌日しか飲めない理由とは

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どんなに炭酸ジュースが飲みたくなっても翌日しか飲めない理由とは
夏になると最高においしいのがキンキンに冷えた飲み物です。
私はアルコー○が一切ダメで、プハーっと言い鼻の下に泡をつけながら泡の出る大人の飲み物を飲んでる人を見ると、とてもうらやましくて仕方ありません。
なので私はもっぱら炭酸の入ったジュースです。
少しでもプハーっと言いたいがために炭酸ジュースをできるだけチョイスします。
今では飲みたい時に好きなだけ炭酸ジュースを飲めるのですが、以前まではそうもいきませんでした。

飲みたいと思っても、翌日まで炭酸ジュースを我慢しなくちゃいけないのです。

炭酸ジュースなのに・・・

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5歳から21歳までの入所生活


これまでの記事でもちょくちょく書いていますが、5歳から21歳までの約16年間施設へ入所してました。
難病の脊髄性筋萎縮症のため、医療と介護を必要とするための入所生活でした。

参考:プロフィール

規則正しい生活


私が入所していた施設は2つの棟にわかれていて1棟が40人くらいの仲間がいました。
12~3人が寝たきりで5~6人が自力で歩行ができ、それ以外の仲間はすべて車イスでした。

起床時間6時


起床時間は朝の6時でした。
どんなに眠くても車イスの上に乗せられるのです。
目をつぶって脳が寝た状態で車イスに乗せられてる様子は普段の出来事でした。
この6時という起床時間は日曜日でも休日でも変わることはありませんでした。
365日どんなに寝不足だろうとも毎朝6時には車イスに乗っていました。

就寝時間20時


夜の8時にはベットに入らなくてはなりません。
学生時代は見たいテレビ番組があっても、どんなに夜遊びしたいと思っても夜の8時の10分前にはベットの横に車イスを止め準備をしなくてはなりませんでした。
その準備が遅れてしまうと、スタッフに恐ろしいくらいの説教を受けることになるのです。
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豪華な給食


一日3食決まった時間に給食が出てきた。
国立の施設だったからか、今考えれば贅沢な食材と贅沢なメニューだった。
沖縄料理の中身汁やイナムルチーもそれぞれ月1回出てきたし、タラの西京焼きや正月ではきちんと折り箱に入った豪華なおせち料理も出てきた。
ただ自分には若すぎてその豪華さも知らずに当時はかなり残していた。
今となってはとても後悔している。

給食時間


何よりもびっくりされるのが施設にいたときの給食時間だ。
朝と昼は平均時間で朝食が7時、昼食が12時だった。
問題なのが夕食。


何時だったと思いますか?


答えは



夕方4時30分。

沖縄だと陽も沈んでいない・・・。
次の給食まで約14時間半・・・。

お風呂


お風呂は週に2回と決まっていました。
本当に地獄でした。
どんなに汗をかいてもそれは変わることがありませんでした。
なんなら、ゴールデンウィークや年末年始などの連休が続くとスタッフの人数の確保ができないために週1回なることもしばしばありました。
思春期を過ごした私の体からはありえないほどの悪臭とガスが放出されていました。

そして何よりもショックだったのが、週2回のお風呂は刑務所で暮らしてる方と一緒という事実です。
私はこの時に清く正しく生きて行こうと心に決めました。www

絶対的管理の中


棟内の仲間はほとんどが車イスで、その中でも電動車イスが大半を占めていた。
自由に動き回れる電動車イスは、入所している私たちにとっては最高の乗り物だったが、施設を管理する側からしたらとてもやっかいな乗り物でもあった。

自由に動き回りすぎて何かの拍子に倒れてケガをされては困る


責任問題が一番重要とされる施設では電動車イスが恐怖のタネだったかもしれない。

そのために徹底的に管理されていてちょっとした外出や外泊のたびにきちんと申請書を提出しなければならなかった。

塀をくぐり抜ける


塀をくぐり抜けると書くと刑務所をイメージしてしまうが本当にそんな感じ。
施設より歩いて30分のところにマクドナルドや本屋さんがあり、スタッフの目を盗んではそこへよく通っていた。
そこにたどり着くだけでもかなりの勇気がいるのだが、その本屋から大人のビニールに入った写真だらけの本を買ってくる勇者も中にはいた。
またそれとは逆に、施設のスタッフの出勤時間と重なり、施設から抜け出したのがバレてこっぴどく怒られる仲間もいた。
バレるたびに施設のルールは厳しくなり、その窮屈さがとてもストレスに変わっていった。

売店の炭酸ジュース


その施設の中には小さな売店があった。
通常のコンビニの1/3も満たない小さな売店だった。
入所している当時は売店が夢の国だった。
栄養面でもきちんと管理されている給食よりもやっぱりカップラーメンやお菓子、コーラや炭酸ジュースなどの身体に悪いものが最高においしく感じた。

でも、その炭酸ジュースが飲みたいと思っても翌日にしか飲めない状況だった。


売店でも管理外ということで前日に申請書を提出しなければならなかった。

世も末です。
三分もかからない売店まで申請書出さなければならなかったのです。

なので炭酸ジュースが飲みたいと思っても
「明日、○時~○時まで、施設内の売店に行きたいです」と
申請書を提出して許可が出れば売店に行けて、そこでやっと炭酸ジュースが飲めることになっていました。
ただの炭酸ジュースなのに・・・

その時の私の夢が総理大臣になることでした。www
この日本を変えてやろうと・・・www

16年間の入所生活


きつい部分もありました。
辛い部分もありました。
でも今となっては最高に楽しい思い出です。
いろんな仲間と出会ったのもこの施設だし、私のようなクソガキでも大きな愛情を持って接してくれたスタッフの皆さんに本当に感謝しています。
私が入所生活を終え、アパートで自立して暮らすときに本当に心配してくれて涙を浮かべて話してくれたスタッフもいました。
まだまだ足りない部分ばかりで社会生活もわからないことだらけです。
きっと失礼なこともたくさんしてきたし、これからも気づかずにするかもしれません。
その時はぜひいろいろと教えてください。
ちょっとでも理想の大人になってみせます。

たまに人から「謝花さんはすごいね」と言われると、とても恥ずかしい気持ちと
一番多感な16年間私をかわいがってくれたスタッフが褒められているような気持ちになってとてもうれしいのです。

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生まれつきの進行性脊髄性筋萎縮症で車イス生活をしています。進行性脊髄性筋萎縮症とは全身の筋肉が日々衰えていく難病です。 自分の言葉や想いを文字にし、ブログで独自の世界観を表現していきます。 詳細は→プロフィール
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