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秘密を暴露!めちゃくちゃな特別支援学校生活。本当に勉強をしていたのだろうか?

この記事をたくさんの方に読んで欲しいです。ぜひシェアをよろしくお願いします。

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こんな学校生活を送っていたと書くと受け持っていた先生だったからお叱りを受けそうだが・・・
学校卒業してもう20年も経っているのだから、時効になっていると信じています。

本当にめちゃくちゃな学校生活でした。

どんな学校生活だったか?
しゃべればしゃべるほど
書けば書くほど恐ろしくて身震いがおきます。

皆さんいいですか?

呆れる準備をしてください。

これまで語らなかった
特別支援学校生活の秘密を暴露します。

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特別支援学校に通っていた学生時代

library01 プロフィールで書いてるように
私は難病の脊髄性筋萎縮症を患っています。

現在は私1人でアパートを借りて
通常は電動車イスで生活しています。
全身性の障害なのですべて手助けが必要です。
なので身の回りのことはヘルパーさんにお願いして生活しています。

5歳から専門の病院へ入所していました。
小中高とその専門病院の隣に併設された特別支援(当時は養護学校)に小・中、高と通学していました。

特別支援学校とは

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特別支援学校(とくべつしえんがっこう)とは、障害者等が「幼稚園、小学校、中学校、高等学校に準じた教育を受けること」と「学習上または生活上の困難を克服し自立が図られること」を目的とした日本の学校である。


心身共に何らかの障害を持っている児童が通学する学校のこと。
障害の種類により分類されがちで私の通っていた学校は肢体不自由専門の特別支援学校でした。

先生方がユニークだった


何よりも先生方がユニークでした。
個性溢れる先生ばかりで学校に勉強をしに行くというよりも遊びに行くという方がとても強く毎日が楽しかったです。

体育の時間や休み時間に
障害者スポーツ(車イスができるようにルールを改定したsports)をやると
授業担当がなく空いている先生はドンドン参加して
身体の不自由な僕ら相手に本気でやり、本気で言い合いしながら、勝つことに必死になっていました。←大人気ない笑

そして他の先生で
昨日の酒のにおいと思われるモノをプンプンさせ出勤されて
僕らに教科書の読み聞かせだけを課題にし
先生自身はトイレとの往復で
昨日のお酒のお釣りを何度も体外へ放出されている先生もいたりして・・・

さらには
本当はダメなんだろうけど
自分の作詞した演歌の曲が入ったカセットテープを
同僚の先生や
何人かの生徒に販売するような強者先生もいた。

何もかもが自由だった特別支援学校


私が通っていた特別支援学校では
肢体不自由と肢体不自由に関わる発達障害などの生徒もいたので
とにかく楽しく毎日を過ごすことをモットーに行う教室もあった。
とにかく楽しく過ごす学年の教室は動物飼育が盛んに行われていた。
動物飼育が行われるのはとても良いことだが、普通の動物飼育とは少しかけ離れていた。

動物の飼育

rabbit01 学校の中で命の大切さやたくさんの動物との触れ合いで生まれる愛情や感情の育み方などを知る「動物の飼育」。
動物の飼育は学校だけではなく、家庭内でも犬や猫を飼い育てることで思いやりや命の大切さを知ることができる。

ただ
私が通っていた特別支援学校では少し他とは違っていた。

ウサギの放し飼い


それも野外ではなく校内でだ。
私達の学校は生徒数が少ないためにワンフロアで教室数も高校だけでも5~6教室が最大だった。
ましては
身体障害者ということもあり、急変などがあった場合や急な処置をするために教室と廊下との仕切りはほぼなかった。
仕切りのないオープン教室だったのだ。

そこでウサギを放し飼いしていた。
自由に放されたウサギは、授業中5~6ある各教室を回り
ピンポン玉よりも二回り大きい
ウ○チを大量にしていくのだ。

今考えれば
喉の器官に人工呼吸器を装着している生徒もいたのに衛生的に大丈夫だったのだろうか・・・笑

潔癖症の先生は
いったん授業ストップして
ウ○チの始末をしたり

そうでない先生は
授業が終わるまで
実に香しいにおいを嗅ぎながら
先生と生徒お互いに集中力を研ぎ澄まして頑張っていた。

獰猛な動物も飼っていた


動物の飼育はそれだけではない。
かなり危なっかしい動物も普通に飼っていた。

子猫よりもふた回り大きなスッポンいた。
飼い方も雑で
少し大きなバケツに
「危ない危険スッポン」と書いてあるだけ。笑

雨が続くとそのスッポンがバケツから溢れ出て
逃亡するというスリリングな状況が何とも言えない快感だった。

スッポンだけではなく
蛇も普通に飼っていた。

もちろん水槽のようなきちんとした仕切りの中で飼っていたが
上部の仕切りが甘く何度も蛇が逃げ出したと蛇の注意勧告が放送された。

確かに毒を持たないアカマタではあったが
蛇におびえながら勉学に励む
すばらしい障害児学習です。
逆ゆとりです。笑

それだけでは収まらず
最後には
水槽にピラニアが10~20匹優雅に泳いでいた。

ここまでくるとピラニアごときでは
生徒も先生も驚くことはなかった。

指を突っ込んだことがあるが
そうそうピラニアは噛みつかないことを知った。笑

動物の飼育は
普通でしたら命の大切さや愛情の表現などを学ぶ状況を作るためですが

私達は違っていました。

どうやったら危険を回避できるか?
どうやったらウサギのウ○チを車イスのタイヤで踏まないように走行できるか?

特別支援学校の授業が特別だった

sky01 動物の飼育だけではなく
普段の授業からかなり特別だった。

もちろん普通の教科書も使用するが
教科を持った先生によって
授業のカリキュラムが自由に決められた。

なので先生次第で毎回の授業が行われた。

中には私と同じような
気分屋の先生がいて
今日はとても晴れて気持ちがいいので
外での社会学習をするといって
学校から歩いて10~15分のところのスーパーに行き
アイスを買って食べて、ゆっくり帰ってくるという実に人間味溢れた授業を行う先生もいた。

そして何よりもびっくりしたのが
朝食を食べていないと生徒と先生が意見が一致し
その生徒と先生とで
カップ焼きそばUFO授業中食べている素晴らしい先生もいた。

先程うさぎのところで書いたように私達の学校はワンフロアで仕切りのないオープン教室。

カップ焼きそばUFOの香りというものはすごく広がりやすく
一気に学部全員で誰が食べてるか犯人を調べた。

その先生と生徒は
今後迷惑をかけないように
次回からはオープン教室ではなく
きちんと臭いの漏れない家庭科専用教室に行き
箱買いしてあるカップ焼きそばUFO食べたらしいです。

反省の方向が確実に間違ってると思うんですが・・・

障害児への授業の工夫

game01 アイスを食べに行ったり、カップ焼きそばUFOを食べたりなど以外にも授業自体が本当に授業なのかと疑う部分もあった。

ある社会の先生はめっちゃゲーム好きで
社会の時間にパソコンを各台数準備して
生徒と先生一緒になって街を作るゲーム「シムシティー」を年間ずっとやり続けて
その街の完成状況で社会の評価を付けている先生もいた。笑

社会の仕組みを知る上でシムシティーゲームは一番簡単でわかりやすいかも・・・今考えればその先生天才だったのかもしれない


ある数学の先生は
数字の勉強といい、トランプを持ってきて時間ギリギリまでトランプゲームをしたりした。

それがめちゃくちゃはまり
数学の時間だけではとどまらず
休日の日
生徒が入所している施設まで遊びに来て数学の勉強(トランプゲーム)を課外授業していた。

そこまでやるかという話だが・・・笑
トランプゲームをやっている生徒は暗算がものすごくを早くなっていた。

さらには
英語の先生が外国語の勉強といい
麻雀のやり方を英語の授業で教わった。

外国語の勉強だけではなく
プラス麻雀牌を積み上げたり、麻雀牌を一つ一つ取ることで
私達の難病の筋力の訓練にもなるとすごい説得力のある説明を受けた。笑

今考えればその先生も麻雀を習いたてであまり強くはなかったらしい。
だからなのです。
私もあまり麻雀は強くありません。

特別支援学校のすべてが特別だった


今考えればすべてが無茶苦茶で恐ろしく笑える学校生活でした。
今活字にするだけでもかなり引いてしまう部分があります。
読んでいる方はさらに引いてるかもしれません。

でもこれは先生方のすべて愛情でした。


筋ジスや脊髄性筋萎縮症などの進行性の難病


私達の学校の生徒はほとんどが進行性の難病でした。
筋ジスや脊髄性筋萎縮症、他にも寿命が20歳を越えられるかどうかという難病を患いながら学校に通っていました。
寿命が20歳前後ということは卒業後の人生が見えにくい状況でした。
現在は気管切開による人工呼吸器や鼻マスクによるNIPPV人工呼吸など延命療法や選択肢が増えたことで時代と共に少しずつ寿命が伸びてきてると言われています。

私が学生の頃は勉強して大学に入り就職するという普通の人の進路とはかけ離れている状況で
先生方も私達生徒たちに
生きることの楽しさや
笑って過ごす幸せなどをどのように実感させようかと考えてくれていたかと思います。

上記で挙げた少しトンチンカンな動物の飼育やゲームの話の裏には
生徒一人一人のどうやって生きたいか?
この生徒の生きたい道とは何なのか?を常に考え
在学中も卒業後も生徒自身が
生きる道を強く見つけ出せるようにいつもサポートしてくれました。

私の場合だと
私が音楽が好きということや
ポエムや文章を書くことが好きということを多くの先生に強く認めてもらって
ありえないほどの授業の時間と
ありえないほどの学校以外の時間も親身になってすべてを教えてくれました。

作曲法やコードの知識を細かく時間をかけて教えてくれたり
キーボードやパソコンが使いやすいようにと私に合わせた工具作ってくれたり
確認してみたい楽器や聞いてみたいCDなど
すぐに確認のためお店に行ってみたり本当に家族のように接して愛してくれました。

おもて上を見るとどうしても
カップ焼きそばUFO食べてるだとか
トランプをしているだとか
学校の先生らしくない部分がクローズアップされがちでしたが
本当に生徒みんなが先生全員を好きで学校がみんな大好きでした。

何よりも悔しいことは
特別支援学校の先生は
普通学校先生より
ランクが下だと社会的目線があります。

普通の授業のカリキュラムもこなしきれないだとか
生徒によってはトイレ介助やおむつを替えることももちろんあります。
それでも嫌な顔をせず
そんな介護の中で生徒の体調管理など誰よりも生徒を見る目があるのが特別支援学校の先生なのです。

普通学校知らない私が言うことではないが
勉強教え、大学受験教え、その進路を教えるというのもとても素晴らしいことです。
ですが
何よりも生徒自身がどう生きたいのか?生きるというものは何なのか?という部分を生徒と一緒になって考え
家族といや家族よりも親身になってそこに向かっていく先生がこれからもドンドン増えることを強く願っています。

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生まれつきの進行性脊髄性筋萎縮症で車イス生活をしています。進行性脊髄性筋萎縮症とは全身の筋肉が日々衰えていく難病です。 自分の言葉や想いを文字にし、ブログで独自の世界観を表現していきます。 詳細は→プロフィール
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