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難病・病気が進行したら・・・と考えることはありますか?そんな質問に回答します。

この記事をたくさんの方に読んで欲しいです。ぜひシェアをよろしくお願いします。

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日々車イスで過ごしていると車イスが足のように感じて何不自由なく毎日を過ごしています。

周りの友達からは普通にテーブルの向こうの物を取って
だとか
トランプしようとか私が難病であることを完璧に忘れているように接してくれます。

まぁ私にとっては嬉しいことなんですけど・・・ただもうちょい気を遣えやと思うこともあります笑

生まれて37年未だに自分の足で歩いた事がありません。

自分でいつも言ってるんです。

私は障害者のプロ。

まあ今はこの身体が一番しっくりきていて、一番心地いい身体です。

誰にも変わりたくありません。

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難病・病気が進行したらどうされますか?


面と向かってはできない質問をインターネットをかえして匿名で質問できるのはすごい利点。

今回ブログを通して私に対しての質問や疑問を募集したところ何点か質問がありました。

その質問の中に

病気が進行したら…と考えることはありますか?
その場合、自分らしく生きるとはどんな生き方だと思いますか?
(自分の場合、健康な心を保てる自信がありません)


いやあ・・・とてもいい質問です。

うれしすぎて久しぶりに興奮してしまいました。

【過去記事】謝花勇武への疑問・質問をお受けします。難病のこと、車イスのこと、これからのこと、すべて答えます。

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難病・病気が進行したらと考えることはもちろんあります


進行したらと考えることは結構な頻度であります。
ですがまったくネガティブな感情ではありません。
できなくなることを認める作業です。

私の病気は脊髄性筋萎縮症。

簡単に説明すれば全身の筋肉がどんどん衰えていって車イスから寝たきりになり、寝たきりから息をすることができなくなる
まぁ文字にするととても怖い病気のようです。

私自身も今は車イスで生活していますが、医学的に言えば今後ベット状になり
その後、延命処置をするか?しないか?そんな選択を迫られる時が来る可能性もなくはないのです。

その難病の進行は急に明日来たり、小さな風邪だけで急激に進行したりだとか・・・

同じような難病の仲間を見ると、そのような進行の状況はとても予測がつくような感じではありません。

もちろん同じような仲間で永遠の別れをしてきた友達も沢山います。

そんな経験もありながらも
いや逆にあるからこそ進行することに対して
ご飯も喉が通らなくなるほど落ち込んだり、涙が枯れるほど号泣することなどほとんどないです。

なんせ私、障害者のプロですから

【参考】謝花勇武プロフィール

では進行するのを考えるというのは


できなくなった部分をどうカバーするかを常に考えています。

生きていく上でやりたいことが沢山ありすぎて、進行の具合にもよりますが自分の身体の調子を見ながら自分の人生の中で何が優先事項か?何より今やるべきかをかなりの時間考えています。

例えばですが
現在音楽活動をしています。
お恥ずかしながらバンドをしながらそのバンドでボーカルを務めています。

【過去記事】音楽活動でやりたいこと5つ

もしかしたらいつ声が出なくなるか?歌うことができなくなる可能性もあるのです。
現在は何よりも優先順位が音楽活動になっているのは
呼吸器系がやられて歌うことができなくなった時、もっと歌いたかったなという後悔を絶対にしたくないからです。

そしてブログをやってるのは、音楽活動を終えて
ベット上でも自分の考えや自己表現の場を今から少しずつ作って文章の練習をしながら
後に本を出版できればと未来を見据えて
できるだけ更新を重ねています。

難病の進行は老化と一緒


難病が進行していく現実に恐怖を抱くのはもちろんわかります。

でも、私自身難病の進行と
人間の老化は一緒だと思っているのです。

人間は必ず死が訪れます。

どんな人間でもそれは平等に訪れます。

その最後の日に向かう準備のことを老化といい
もちろんその老化も全ての人に訪れる現象なのです。

みんな誰がも訪れる死のことを
常に不安に感じ、恐怖に感じ
生活する上で支障をきたすぐらい落ち込んだり、なげいたりする人は
ほとんどいないと思います。

死と同じように
老化に対しても
不安がり恐怖感に包まれて
常にネガティヴな感情に押しつぶされそうになったりする人もまた
ほとんどいないと思います。

僕らの難病の進行も
どこかそれに似ているのではと思っています。

もちろん進行することが嬉しいというドMな考えは持ち合わせていないですが
進行していくことはごくごく自然な事と捉えてるのです。

難病の進行と自然の老化は一緒


顔のシワが増えるのは本当にイヤ

前よりたるみが出てきたのが気になる・・・

こんな私でも
白髪を見つけるとヘルパーさんに必ず引っこ抜いて貰いますし、二ヶ月に1回はヘアカラー染めもやっちゃうのです。

ヘアカラーはとはかなり異なりますが、老化する上でやはりそれなりの対処法を考え毎日生活していきます。

そのような感覚と似ています。

病気がどんどん進行する上でその進行に伴った対処法いつも考えて生活しています。

何何ができなくなったらどうやってそれを対処しよう

パソコンのマウスの操作がさらに難しくなったら、小さなタッチパネルを使ってみようかなとか、それでも無理だったら目線で操作できるマウスがあったりするのかな?とか・・・

そんな風に次はこうしよう。それでも無理ならこうしよう。だとか前もって考えながら自分の中の快適な生活を構築していく作業を行っているのです。

ちなみに、
今進行してしまい生活する上で特に悩んでいるのが「耳掃除」です。

前まではどうにか綿棒を持って耳掃除ができたのですが、最近は腕の筋力が落ち綿棒を持ったまま耳に手をやることがまったくできなくなっています。

耳の中まで舐めてくれる優しい女子がいましたらぜひメールください。笑

難病・病気が進行したらと考えることはありますか?


頻繁に考えます。
ただしネガティブではありません。
難病が進行してできなくなってくる部分をどうカバーするか?
または筋肉が衰えていく部分で自分にできる最大限の自己表現方法をどのようにすればいいのか?

私は進行することが嫌ではなく
自分が自分であることを認めきれないことが何よりもイヤです。

自分を見失うことほどこんなにダサいことはありません。

できるできないのルールの中で自分という人間がどう生きたいか?どう表現したいかが何よりも重要だと思います。

できない部分が増えることに恐怖は抱きません。

やりたいことを諦めることに恐怖を抱きます。

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生まれつきの進行性脊髄性筋萎縮症で車イス生活をしています。進行性脊髄性筋萎縮症とは全身の筋肉が日々衰えていく難病です。 自分の言葉や想いを文字にし、ブログで独自の世界観を表現していきます。 詳細は→プロフィール
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