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謙遜という自分いじめの撲滅したい。謙遜はもう古いもの

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clover01
謝花さんは本当にすごい文章書きますね
謝花さんは頭が本当にすごい良いですね

そう言われると謙遜などせずに
あなたはよく知っている人だと
褒め言葉もお世辞もすべて受け入れて食べてしまうのが私のモットーです。

その謙遜をまったくしない私が態度に対して
めちゃくちゃ笑う人もいれば
もしかしたら謙遜を知らない非常識人だと思う人もいるかもしれません

そんなの関係ありません

私の辞書に謙遜という文字はありません。

ひたすら褒め言葉、お世辞言葉に謙遜もせずにすべて受け入れます。笑

その会話の中でコミュニケーションに長けている人だなと思ったら
付け加えてイケメンであることも褒め言葉に入れてくださいと
厚かましいお願いも付け加えてするのです。笑

そこから打ち解けてさらなる会話も広がりますし
もっとその人の中まで突っ込んで話ができるような空気になるのです。

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謙遜をする人が常識人


どんなに褒められても
どんなにお世辞を言われたとしても
いやいやそんなことないです、と
謙遜する人がいます。

謙遜することが常識人で
謙遜することが社会人と
今までの社会や教育の中で教わってきました。

謙遜そのものは美である。
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謙遜の美学


そんな謙遜自体がとても美しく
常識人や社会では謙遜語しなければならないという時代はもう終わったのです。

これからは全員が全員の良い部分を褒める時代です。
ただの言葉だけでコミュニケーションのひとつとしてお世辞として誰かを褒めるのではなく
一人一人個人の良い部分を見抜く力を付けないと今後の社会生活は難しくなっていくでしょう。

そんな社会が変化している時代に
未だに謙遜こそが美であり常識であるという
とても古い価値観は今すぐ捨てるべきです。

今の時代、謙遜すると
この人は何を考えているんだろうと逆に怪しまれる時代ではないでしょうか?

謙遜で隠す人間の本音


一昔前までは
褒めることも
褒められたら謙遜することも
ひとつのマナーでした。

何回も面接やミーティングを重ねる中で
相手の考えていることを
どうにか見破ろうとそしてこちら側の手口をどうにかばれないようにと
本音を隠してビジネスやコミニケーションをかわしていました。

できるだけ時間を重ねて人となりを知り、そして会社を相手にする場合は会社の社員のやりとりや業務の忙しさなどそのミーティングやコミュニケーションの場を通して盗み見たり
大きな観察力をぐるぐると動かしながら、自分たちは得するのか?それを心に秘めながら相手側との心の中の攻防戦を繰り広げるのです。

自分たちを卑下する裏には


できるだけだまされないように
できるだけこちら側の手口を見せないように
自分たちの事を謙遜したり
過小評価することを良しとしていました。

現在も日本の中で蔓延っている「儲かっている人は悪である」「お金は悪いことをもたらす」そういった偏見が
すぐに謙遜する日本人の心の中にはあるのだろう。

そんな大きな会社や社会そこから家庭に流れてきて
父親や母親がこどもを育てる時に謙遜というひとつの価値感をこどもたちに植え付けるのであろう。

そして僕らよりも先輩の世代は完璧に謙遜こそが美であるという恐ろしく硬い固定観念が埋め込まれている。

謙遜することで自分の中のマイナス点がたまる


一昔前まで謙遜が常識だった今それは絶対にやめるべきだと私は思う。

なぜなら
まず謙遜するということは
自分が褒められたらすぐに否定をするということになるのだ

それは潜在意識に強くつぎ込まれ
褒めた相手としても自分の言葉を否定されるといい気持ちはしないし
人から否定されるとそれは積み重なっていき
それがどんどん溜まっていくと素直な脳みそが自分自身を否定されていると変な思い込みができてしまう。

そうすると自己肯定力もなくなり、自信がどんどん失われていき、生きることに前向きになくなってしまう。

とても大げさな話をしているように聞こえるが。

現在自己肯定力が低い人がとても多いのは否定する言葉が世の中に多くなり肯定する言葉がどんどん少なくなっている世の中にあると僕は見ている。

謙遜することは自分への否定である


何よりも謙遜を使って欲しくない大きな理由はこの理由だ。

相手から褒め言葉を頂いた時でも謙遜とは自らがそれを否定しなければならない。

自分自身を否定しているのだ。

先程書いた自己肯定力とは真逆の事をすることになる。

自己否定力をどんどん強めることになる。

自分には何もできないんじゃないか?
自分には何の得意なものもない
自分には叶えたい夢もない
人生をかけてやりたいこともない
生きていく目標がない

自己肯定力がなくなった人は向かうべき道をすべて失ってしまうのだ。

そうなると生きることは辛いこと
生きることは苦しいことと
意味付けしてしまい、自分で作った大きな迷路にはまっていってしまう。

謙遜こそが自分いじめだ


親や先生から教わってきた謙遜を使っていくと
社会が認められるが、自分自身には大きな大きなダメージとなって返ってくる。

謙遜すればするほど自分をいじめてるのと同じだ。

もうそんなクダラナイ言葉だけのコミニケーションはやめたほうがいい

そんなすべてに意味を持たず、褒め言葉に否定をする謙遜をこの世からなくしたい

謙遜のない社会


何かに褒められた時
誰かにお世辞を言われた時に
つい反応として出てしまう謙遜。

そんな上辺だけの言葉のコミュニケーションを使うのではなく
きちんと相手の良いところを見つけ
本当に心から褒めたたえ称賛する言葉を使い

そんなふうに言っていただけると本当に嬉しいという
相手の言葉のプレゼントを
心から強く受け止める
そんなみんながポジティブになれるコミニケーションがどんどん広がったらいいと思う。

謙遜という否定することがコミニケーションなるということは
とても悲しいこと

そうではなく僕らはもっと前向きに
人のプラスをプラスと認め
さらには自分のプラスをどんどん探し
探し見つけた自分のプラスをどんどん世の中にアピールして
自分というメディアをどんどん構築していくことを私は願っている

謙遜は自分いじめ



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生まれつきの進行性脊髄性筋萎縮症で車イス生活をしています。進行性脊髄性筋萎縮症とは全身の筋肉が日々衰えていく難病です。 自分の言葉や想いを文字にし、ブログで独自の世界観を表現していきます。 詳細は→プロフィール
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