依存は良いこと?!誰かに依存することは強い信頼を置いている証

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世間では依存する方がとても多く
例えばギャンブル依存や薬物依存、
ネット依存やスマホ依存そしてFacebookやTwitterのSNS依存
なかには活字依存などもあったりする。

そんな依存だらけの世の中では、依存=悪いものと認識されている。

本当に依存っていけないことでしょうか?

依存という言葉自体が何かの戦略でネガティブな印象を与えられてるだけではないでしょうか?

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依存するということは


依存とは、その依存しているものがないと身体的または精神的に正常の状態を保つことができないことをいう。
特に依存という言葉でクローズアップされるのが、
先程も書いたギャンブルや薬物などのネガティブなものを常に欲する状態になり、自分自身を失う状況がイメージとしてある。

確かにそれは良いことではない。

依存したものが法に触れることだったり、
自分自身を失い
日常生活を過ごすことすらできなくなった状態なら
それは絶対に依存から抜けるべきである。

でもそれ以外の他人に迷惑をかけない依存
自分の中でその依存するものがプラスを与えてくれるのならば
それは決して依存は悪いことではなく良いことだと思っている。
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世の中は依存に溢れている


世の中を見渡せばすべてが依存です。
生活で見れば、住居や寝具、洋服や石鹸やシャンプーだって依存のひとつです。
交通手段の電車や自家用車、自転車も立派な依存ではないでしょうか?

明日から急に屋根のない場所に住んでくださいだとか
会社まで電車で1時間のところを明日から歩きでお願いしますと言われたら
その方が自分自身を失います。笑

私だって
車イスに依存していますし
ましてやパソコンやインターネットがなければ
毎日暇すぎて口からヨダレを垂らして「どこまでヨダレがビヨーンと伸びるかゲーム」をするしか持て余し方がないのです。笑

さらには
私自身すべて自分で何もできないので(詳しくはプロフィール
ヘルパーさんやたくさんの方に介護してもらい
それも言うならば依存になるのです。

依存と信頼はまったく一緒


私はいつも断言しているのですが
この世の中に依存していない人はいないと断言できるのです。

もちろん物資へもありますし
思いやりや出来事へのもあります。
そして人間関係の依存ももちろん依存に入ります。

家族だったり友達だったり
愛する人だったり
すべては依存なのです。

依存は悪いものと固定観念で思いがちですが
それは信頼の証です。

信頼しているからこそ
生まれる感情なのです。

昔と今の依存


特に人間関係の依存は悪であるという考え方。

本当にそうでしょうか?

一昔前まで近所や村の人のどこどこの誰々はどんな人であると
大体の人柄や職業など
すべてがオープンで皆で村に住んでいるという信頼できるコミュニティーがありました。

そこでは祭りや子どもたちの成長を祝い
全員で喜びや悲しみも共有することの信頼できるコミュニティーがあったのです。

ですが最近では
近所に住んでいる人の名前すらわからない状況
誰を信頼していいのかわからなく
常に人と人との間に壁を作り
接触を避けることで
その不安や恐怖から遠ざかる方向とっています。

人間関係の依存は信頼しているからこそ


もちろん、人間関係で依存が強くなってしまい、
ストーカーや相手に被害を加えることは決して許される事ではありません。

そこまでひどい依存ではなく
誰に対しても依存することなく
1人立ちすることが善であるという考えが
とてもナンセンスだと思うのです。

その人の事を信じたい
その人に信頼を寄せたい
その人と未来を生きたい

そんな人を信じる心が依存というネガティブな言葉で壊されている気がするのです。

その中にも
良い部分悪い部分はもちろんあります。

依存がすべて悪であるということをもう一度見つめ直すべきではないでしょうか?

信じることはとても素晴らしいことです。

あなたが信じたいものを信じて欲しいし
あなたが信じたい人をもっと信じて欲しい。

依存という言葉で信じることから逃げないでください。

信じることはあなたをもっと強くします。


そんな私ですが
大人のビデオにとても依存しています。笑



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生まれつきの進行性脊髄性筋萎縮症で車イス生活をしています。進行性脊髄性筋萎縮症とは全身の筋肉が日々衰えていく難病です。 自分の言葉や想いを文字にし、ブログで独自の世界観を表現していきます。 詳細は→プロフィール
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