死への恐怖がありません。生への向き合い方、そして死への向き合い方

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20160530-2
たまに話のネタが尽きた時に何気なく話しをする「死への恐怖」

明日もしも地球が最後の日だったら
あなたは今何をしますか?

なんかとてもシンプルな質問だけど
深い話になりそうだけど
でも自分は普段と変わらない生活を送るだろう。

少し変わることと言えば
ありがとうと伝えたい人に
心からの感謝の言葉を伝えたい。

あなたもしも
明日が地球最後の日だとしたら
今何をしますか?

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生き方から死への恐怖


人間の最大の恐怖とは死への恐怖であると何かの本で見た事がある。
確かに人として最期を迎えることは
未来への希望が絶たれる。

そこに嘆きや悲しみや恐怖や不安が押し寄せてくるのだろう。

明日世界が終わるとしても、私はリンゴの木を植える


そんな名誉残した人がいた。

めっちゃ格好いいしすげえ絶望の時でも希望を持ったそのあきらめない心みたいなのが本当にすごいと思った言葉。
マルティン・ルターの名言。
だが、それをいろいろ調べていくとマルティン・ルターは、ただただリンゴが大好きだったという裏話にたどり着いたときは
かなりショックだったが・・・笑

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死は恐怖ではない


そんな中たくさんの方に聞かれることが多いのが、
私の病気が進行してもしも死が目の前に来たらどういう心の状況になりますか?

いやどうもこうもないんだけど・・・笑

不思議なもので小さい頃から難病と共に生きて
友達もほとんどが難病で
いろいろな友達が死を迎えていくところもたくさん見てきた。

私自身、死ぬことへの恐怖はほとんどないのです。

明日死ぬと言われても「そうか」というくらいだと思っています。(本当にそうなったらかなりびびっていたりして・・・笑)

本当に死への恐怖がそんなにないのです。

もしかしたら逆なのかもしれません。

生への恐怖があります。

生きることに対して
どれだけ自分かできるのか?
どれだけ自分が思い描くような未来を作り出すことができるのか?
どれだけ自分が自分であり続けられるのか?

それをできないことに対して恐怖がすごい大きいです。

なので、できるだけ自分のできることを精一杯やって
さらには自分に対して愛情を注いでくれる方に
どれだけ自分の気持ちや行動を返しきれるか?

何よりも死への恐怖は、
毎日の自分へのやり残している、チカラを出し切っていない自分がいるからではないかと思うのです。

常に全力投球で
確かに疲れる時もあります。

何でこんなに自分を奮い立たせて
自分を追い詰めてるのだろうとへんな疑問に頭がおかしくなる時もあります。

でもです。
やっぱり自分を自分で出し切ったとき
めっちゃ笑えるし
めっちゃ嬉しいし
めっちゃ泣けてくるし
めっちゃ生きてると思うのです。


私は死への恐怖はありません。
生への執着もありません。

自分が自分でいられる
それだけで何よりも嬉しいことなのです。


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生まれつきの進行性脊髄性筋萎縮症で車イス生活をしています。進行性脊髄性筋萎縮症とは全身の筋肉が日々衰えていく難病です。 自分の言葉や想いを文字にし、ブログで独自の世界観を表現していきます。 詳細は→プロフィール
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