心に傷がある人は他人の痛みがわかる人。あなたの心の傷は誰かへの優しさの種になる。

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心の中に傷があるとどうしてもその傷をもとにネガティブ思考になってしまう。
それがたとえ小さな傷だとしても、
そこから思考が広がっていって
その心の傷さえもどんどん広がっていく・・・。

そうなると自信さえも失われて
自分でやることなすことがすべて失敗やネガティブな方向にいくのではないかと
不安や恐怖に包まれる。

すべての原因を心の傷のせいにして
その傷さえも自分で見なかったふり知らなかったふり
心の中にフタをして自分自身を閉じ込める。

自分自身を閉じ込めたら
考え方や生きていくことの幹みたいなものがなくなってしまって
常に他人の顔色をうかがったり
他人の意見こそが正しいと思ったり
誰かの強い意見がないと歩くことすらできなくなってしまう。

でも裏を返せば
人の痛みを知っている
優しい人へと変化するのだろう

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他人の痛みは自分の心の傷が教えてくれる


子どもの頃は、いつも無邪気に遊び誰とでも友達になれた。
時間を忘れるほど遊び尽くして、家に帰ってクタクタになった体のまま寝たかと思ったら翌日もまた飽きることなく友達と遊ぶことができた。
そんな頃はいつも楽しくて常に楽しくて毎日時間がなに時間があっても足りないくらいだった。
幸せを感じる間もなくまた楽しいことに熱中して毎日毎日終わる。

今は成長と共に大人である自覚も持たない経験なくて
いろんな人間関係の中で揉まれながらも相手の気持ちや相手を理解する力も備わってきた。
いろんなことを考える力がついてきた反面、いろいろな出来事やいろいろな人間関係で悩むことも増えてきた。

みんなみんな自分が正しくて、みんなみんな自分を守ろうと必死だ。

子どもの頃は毎日があんなに楽しかったのに今ではどうにかトラブルを避けようとまたは他人から嫌われないようにとすべての神経を使ってしまう。
誰かに嫌われないようにするとなぜか不思議だがどうしてもトラブルが起こり、そんな出来事の中自分の心はすごく痛んでくる。
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他人を生きてしまうと自分を自分で傷つける


不思議な話だが他人に嫌われないようにと他人のいいように他人が思う通りにととても気を使ってその事を進めるとなぜか他人に嫌われる。
自分をできるだけ押し沈めて、他人の意見に合わしてできるだけトラブルを避けるようにと思っていもなぜかトラブルに見舞われる。
他人に嫌われないようにすると逆に他人に嫌われるのだ。

そして他人に嫌われないように我慢することでもっとも嫌われるのが自分が自分を嫌いになる。
自分が自分をより強く傷つけるのだ。
他人に合わせるたびに自分を傷つけて、他人の意見をのみ込むたびに自分の心を傷つける。

そんな行動を繰り返していくと自分の心の中は本当にボロボロになって
本当の自分が誰なのかよくわからなくなる。

自分のことがよくわからなくなる。
自分がどう生きたいのかも定まらなくなる。
そうなると人は笑顔の方向を忘れ自分に尊い価値があることや自分しか感じれない強い信念さえも信じられない。

それが悪化していくと生きることが本当に辛くなって
笑顔でいる人が羨ましくなり、自分はなんて人生を送っているのだろう。
自分の人生はハズレの人生だと今の人生さえも悔やんでしまう。

自分自身を感じれなくなり
他人の小さな出来事さえも「あの人本当に幸せな人生を送っている。できるのなら代わりたい・・・」とネガティブなことを考えてしまう。

自分自身ではなく他人の人生を生きようと必死になるのだ。

そしたらこの苦しみからも逃れられるし、
もっと幸せな人生を送れるのではないかと他人に生まれ変わることなどできないと知っているのに
それを心の底から願ってしまう。

仕方ない自分の人生はこんなもんなんだ・・・。

心の中に傷を負っている人は小さな光を探している


それでもどうにか毎日の時間に流されて
生きるというよりもすべてに流されている感じで毎日の生活している。

考えれば考えるほど自分のことが嫌いになり、
考えれば考えるほど自分がどんなにツイていないか嫌気がさし
考えれば考えるほど自分のことがさらに嫌いになっていく・・・。

そんな中でも
もしかしたら何かチャンスがあるのかもしれない
いつか本当に小さな光が自分の元に射すのだろうと
米粒くらいの小さな希望を持っていた。

小さな光は何の前ぶれもなく


何かがあったわけでもない
いつもと同じようにひどく落ち込んでいた時に
すべてを投げ出してやりたくなった。

すべてすべて嫌になった。

かといって
自分の存在をなくす勇気さえもなく
ただ1人で開き直った。

どうでもいい・・・。

ならいっそのことをわがままになればいい。

小さな光は自分の心の中にあった。

自分の心の中に自分で思い込んだ傷と小さな光があった


一度はあきらめた人生だ。
ならいっそのこと自分の思い通りに生きればいい。

他人から嫌われるなら嫌われていい・・・。

自分がしたいことだけをすればいい・・・。

自分の生きてるこの人生を自分だけのモノにしようと心に決めた。

すると不思議なことに
他人から嫌われてもいいと堂々と自分を生きていくと
いろいろな人から自分が大切にされる。
どんな人から嫌われてもいいと素直に言葉を伝えると
なぜか相手の心に響き想いが伝わるようになる。
今までやっていた言い訳などすべてやめて
間違った自分を胸を張って謝ると
全員だ愛を返してくれる。

誰かのように生きるのではなく
自分が生きたいように生きると
すべての出来事が楽しくなって
すべては自分のタメにあるのかと勘違いさえも起こってしまう。
誰かを否定するわがままではなく
自分が自分にわがままになれば
夢や希望がどんどん湧き出て
不思議なほどそれが叶っていってしまう。

そんな自分の中の変化を感じながら
今日もすべてに感謝したくなる。

そんな出来事を誰かに話すと
みんなはこういう
「落ちることも大切」

心の傷が他人を大切にする


あんなに自分が嫌いで
あんなにこの人生が怖かった頃を思い出すと
落ちることも大切という言葉が正解であるとはまだ思えない。

ただひとつだけ思えることは
自分の心の傷が他人の心の傷を理解し包もうとする。

傷と傷などが反応しあって
会った事もない
話した事もない人でもなぜか共感できたりする。

自分の心の傷が深ければ深いほど
他人の傷の痛さや辛さを理解でき
どうにか癒そうと心が声をあげる。

人間にとって
何が痛いのか?
何が辛いのか?
何が苦しいのか?
少しは理解できていて

それは傷ついた人だけではなく
すべての方に優しさをプレゼントできる。

以前よりみんなに優しくなれるのだ。

心に傷のある人は魅力のある人


人間の魅力というのは、本当の人間らしさが出たときに感じるもの。
すべてにおいて完璧な人間に魅力など感じるのだろうか?
間違いを起こさない、常に正確で常に常識で・・・
そんな人の魅力をどこで感じればいいのだろうか?

心に傷を負った人は常に正直です。
人は間違いを起こすことを知っています。
人は常に正確ではないと知っています。
人は常識をはみ出る生き物だと知っています。
人は良い部分と悪い部分を持ち合わせてるからこそ人間であると知っています。
良い部分だけ愛するのではなく
その人の傷の部分も愛したくなることを知っています。

もうあなたの中にある心の傷にフタをするのはやめてください。
もうあなたの中にある本当の自分にフタをするのはやめてください。
あなたのその笑顔も
あなたのその心の傷も
飾ることのないあなた自身も
すべてすべてあなたの魅力となっているのです。


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生まれつきの進行性脊髄性筋萎縮症で車イス生活をしています。進行性脊髄性筋萎縮症とは全身の筋肉が日々衰えていく難病です。 自分の言葉や想いを文字にし、ブログで独自の世界観を表現していきます。 詳細は→プロフィール
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