怒りやすい人はすごく真面目で正義感の強い人。怒りやすい人の心の中とは

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ブログを書き始める前からいるの講演会でお呼ばれしてお話をしたり人と会う機会があったりして中には人生相談みたいな感じになる場合もあるのですが、
何よりも悩みに多くあげられるのが怒りというキーワードです。
怒ることで何かを伝えたり、怒ることでその場を制御したり・・・
そう考えると怒りやすい人って結構多く感じます。
私や他人から見れば小さなことですが怒っている本人にとってはとても重要なことで
その出来事やその感情を題材に本当に心の中から怒りをあらわにしている人は結構いたりします。

でも、起こりやすい人の心の中はきっと
「なんでいつも自分だけこういう立場になってるんだろ・・・。」
「自分が怒ることで世の中や周りの人の正しいことや間違ってることを白黒はっきりさせないといけない・・・」と
誰よりも強い正義感でわざと怒ったり言葉を強くしたりやってることが多かったりするのです。

でもどこかでいつも怒そして怒りやすい人と他人から言われることは何よりもその本人自身の心が傷つき、メンタルがだんだん落ちていくのも事実です。

私が思うに怒りやすい人はすごく真面目な方が多いのではないかと思っています。
自身が怒ること、怒りをあらわにすることでたくさんの人が悪役にならずに問題が解決される。
自分自身が悪役になることでそれが済むのなら良いのだろう。
そのことで怒りやすい人、怒りっぽい人と言われても私は仕方ないそういう星に生まれたんだと自分に言い聞かせている。

あなたの周りに怒りやすい人はいませんか?
怒りやすい人の心の中とはどんな感じなのでしょうか?
怒りやすい人の本当の部分を考えていきましょう。

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怒りやすい人は何を感じて?何を伝えたいのか?


怒りやすい人は毎日怒ってるのではなく、通常は普通に平穏に過ごしています。
そうですね。本当にずっと怒っていたら身体の中の病気や特に脳の血管が切れて生死関わる病気になるのではないかと心配になります。

では怒りやすい人はなぜ急に怒るのでしょうか?

怒りやすい人が怒る理由


先程も書いたように怒りやすい人は本当に真面目で強い正義感の持った方です。

以前ブログでも書いたのですが、怒りというメッセージよりも恐怖というメッセージが中にあってそれを強く伝えるために怒りという感情で他人へのアピールなのです。

【過去記事】なぜ、怒りっぽい人になるのか?怒りをコントロールできない人の心の中とは・・・
なんか今日むしゃくしゃする。虫の居所が悪い・・・。などといったイライラしたり怒りっぽい状態や怒りをコントロールできない時はありませんか? または、家族や夫婦、恋人や友達、仲は良いのに定期的に怒...
自分の中に強い正義感があり、その正義感がどれほど正しいのか?その正義感が何よりも一番であることを伝えようと強いメッセージを発します。

その方の中にはすべては正義か悪か?正しいか正しくないかで世の中の出来事を区別し、それにのっとって生活しないとダメであるという固定観念が強くそうさせるのです。
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もちろん世の中には良いことと悪いことがあります。
良いことと悪いことを区別できないとやはり社会性や人間関係で大きなトラブルになるし、それがもしも度が過ぎる場合は警察のお世話になる可能性も出てきます。

でも私達が生活する中でみんな一人一人価値感があるのです。
その価値感から見ると良いことと悪いことというのはかなりのズレが生じます。
100人いれば100人の価値感があって、100人いれば100人の良いことがあって、100人いれば100人の悪いことがあるのです。

怒りやすい人は常に自分の中の正義感や倫理感を強く持っていて、その正義感や倫理感をもとに世の中の出来事を判断しがちです。
そんな中、自分の目の前に怒りやすい人の正義感や倫理感とは反するような出来事が起きたとき、怒りという感情が前面に出てくるのです。
そして怒りやすい人はその正義感や倫理感を強く説明し相手が納得するまでそのメッセージを強く押し通そうとするのです。

でも怒られた側としては私の中の正義感や倫理感があるのにどうしてそんなに強く押し通すのだろうとそこですれ違いが生じます。
その意見の違いは平行線になり、意見の違いイコールそれを否定された感覚になり、強いメッセージには同じように強いメッセージで返してしまいがちになるのです。
それがいわゆる喧嘩や言い合いのはじまりです。

めったに怒らない人の状況とは


私謝花自身はなかなか怒ることがなく、最近でも最後残ったのはいつだったか思い出せないくらいあまり怒るということをしません。
かといって何かを我慢して心を穏やかに落ち着かせてるわけでもなく、怒ることがあまりないのです。

何よりも「怒ったところですべては解決されない」と自分の中で知っているからです。

怒ることや怒りやすい人は先程言ったように強く自分の考えを持ちその考えでもって物事を判断しています。

私自身、冷めていると言えば冷めてるのかもしれませんが、考え方には人それぞれという信念みたいなのが心の中に強くあり、人それぞれ意見が違ってそれこそがあたりまえと思って日常生活してます。

なので意見が違った場合でも、相手の意見をまず聞きどうしてその人はそんな感覚やそんな考え方を持っているのだろう?奥に潜めている感情は何だろうとできるだけ相手のことを理解しようと心がけています。

相手の話を聞く時にやはり自分考えとはまったく違う場合も時にはあって、だからといって怒ることや感情があらわになるということはありません。
むしろ自分とは違う考え方に触れたとき、もう一度自分の考えを見つめ直すチャンスなのかなと思ったりもします。
ただ相手の話を聞く中で自分の意見を伝えるのですが、それがどうしても相手にとっては意見の否定ではなく人間的否定ととらえられてしまいなかなか話が進まない場合もあります。
考え方は人それぞれです。

怒っている人も怒りっぽい人もやはり強く自分の考えを持っていてそれはとても良いことだと思います。
ですがそれを他人に押し付けたり、人間的否定や意見の交換ではなく後を引きずるような状況になるのはとても残念なことです。

怒りやすい人の本当の心の中とは?


怒る人や怒りやすい人の本当の心の中には何よりも「恐怖」があると思っています。

「正義」こそが良いことで「悪」こそが悪いこと。
常識こそが正義で非常識こそが悪だという強い固定観念がいつも心の中にあります。

そして自分が信じている正義や常識こそが正しさでそれを覆すような事が起こったら自分の信じるものがなくなってしまうという見えない恐怖と常に戦っているのです。

正しさがないと自分の信じるものがない・・・。
正義がないと自分の心は保てない・・・。

そうなのです。
自分の信じるものが無くなってしまうという恐怖感に包まれているのです。

怒りやすい人はどうしてそんな恐怖感に包まれるのでしょうか?

それこそが怒りやすい人の本当の真髄ではないでしょうか?

怒りやすい人や怒りっぽい人の本当の心の中とは?

怒りを表現する人の本当の真髄とは


何かの出来事や何かの言い間違いや小さな言葉のかけらを見つけて急に怒ったり、それに対して怒りやすい人は周りにいませんか?

さっきまであんなに笑ってたのに今は急に怒りをあらわにしている。

表現力が高いと言えばとても良いことですが、
きっと怒りっぽい人も自分の中では怒りについてかなりの葛藤があると思います。
怒った後、また怒ってしまったと反省したり、怒った自分をすごく責めてしまったり・・・。

怒りという感情はどうしても周りだけではなく本人さえも傷つけてしまうとても悲しい感情ではあります。
たまにストレス発散で怒りをあらわにすることは、とても大切なことですが、それが日常的になると本人も周りもとても体力が奪われる出来事です。

怒りやすい人や怒りをあらわにする人は誰よりも強い正義感を持っていてそれを強く信じています。
その正義感から道を外れたり、少しでも反対的な意見を持つと怒りという感情が表に出てきます。
そしてできるだけその人に間違いのないような生き方をして欲しい・・・正しい人間になって欲しいというその強い気持ち強いメッセージが怒りの感情と共に言葉になります。
怒りやすい人やすぐ怒る人は自分の意見こそが何よりも正しいと思っているのでそれを否定されると全力で反論するし反論こそは人間的否定として勘違いを起こしさらに怒りを強く持つようになります。
何よりも自分の信じてる正義感や倫理感を強く押し通し、それと違う意見は真っ向として反対する。
何よりも信じてるもの聞いてされることは誰だっていやなことです。
でもどうしてそんなに正義感や倫理感を強く守らなければならないのでしょうか?
そこには怒りを表現する人の本当の真髄があります。

怒りやすい人やすぐ怒る人はなぜ怒りという感情を呼び起こすのでしょうか?

自分を信じていないからです。

自分自身を信じる力がまだ足りないために正しいことや正義や常識的なことこそが真実だと強く自分の中の価値観に植え付けているのです。

なので信じるもの失うのがとても怖いのです。

現在、地球では73億人の方が住んでると言われています。
もちろんそんな73億人みんながみんな同じ意見でみんながみんな同じ正義を持ってる事は絶対にありえません。
皆それぞれ違ってるからこそ僕らは他の人の良いところや悪いところ良い部分や悪い部分があるのです。
そしてそんな違う部分こそが愛おしくなったり、それが魅力的に感じるのです。
何よりも良い部分や悪い部分なんて一人一人価値観が違えば悪い部分も良い部分になるのです。

怒ることや怒りやすくなることが決して悪いことだとは言いません。
それも時には絶対に必要なのです。

ですが、強い正義感や倫理感で人をさばいたり区別することはとても悲しいことです。
みんな一人一人その場に立たされた立場があったり環境があったり、時には言い訳をして逃げたい時だってあります。
そんな信じることのぶつかり合いはもうこれからはやめて、自分を信じてそして相手も信じることが何よりも素晴らしい未来に繋がるのではないでしょうか?

怒ってしまったり、最近起こりやすいなと思った時に少しだけ立ちどまって自分の中の本当の自分を見つめ直してみませんか?

あなたを信じることができるのは本当の意味であなたしかいません。

あなたは正義や倫理の中でしか、信じる行為はないのでしょうか?

いいえ、あなたは何をしていても、たとえ悪い事をしていたとしてもあなたは素晴らしいのです。



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生まれつきの進行性脊髄性筋萎縮症で車イス生活をしています。進行性脊髄性筋萎縮症とは全身の筋肉が日々衰えていく難病です。 自分の言葉や想いを文字にし、ブログで独自の世界観を表現していきます。 詳細は→プロフィール
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