障害を持っている方や不登校の経験の方は絶対に読むべきマンガ「学校へ行けない僕と9人の先生」

この記事をたくさんの方に読んで欲しいです。ぜひシェアをよろしくお願いします。


普通って何だろうか?
どうしても普通という言葉にとらわれて自身を責めることになってしまう

普通であることが良いこととされていて
普通でないことがとてもダメな人間だとなぜか知らないがそういう空気が流れている

インターネットでいろいろな方のブログを読んでいる中で
おすすめのマンガと書かれていた。

あまりマンガを買ってまで読むことは普段しないのですが
その方のおすすめ具合がすごかったのでついポチってしまった(購入してしまった)

障害を持っている方や不登校で悩んでる方
または以前不登校だった方にも胸にぐっとくるモノがあるのではないかと思います

私自身、普通学校ではなく養護学校(現在は特別支援学校という)の卒業でいじめだとかには無縁の学校生活でしたが、これは学校生活だけではなく社会生活や人間関係におけるすべての縮図みたいなモノが書かれています。

こんなにも胸を痛めながらこんなにも苦しくなりながらでもそこにや自分がいるような気がして・・・。

ぜひ皆さんに読んで欲しいです

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学校に行けないことはダメなこと


この本は絵を書くことが好きな男の子が学校の先生や同級生との人間関係のこじれから不登校になり、そこでの心の葛藤を描いた作品です。
その描写がとてもリアルで自分が登場人物になったような自分がマンガの中に入ったような感覚になり本当に心が痛くなるのです。

親を悲しませたくない

自分は普通になれない

頑張って普通になろうとする様子

すべてが人間関係から生まれる心の葛藤で学生だからある事ではなく人間生きていて生活する上で誰がも体験したようなその頃の葛藤が手に取るように描写されています。

普通になるのが正常である


私も学生の頃、そして思春期の頃は普通であることに魅力を感じた時がありました。
健康な友達がサッカーをしたり、いろんな場所に出かけたり、ただただ普通に乗りこなせる自転車が羨ましかったり

なんで自分が普通のことができないのだろうと訳のわからないモヤモヤがあったのは正直な気持ちです。

かといって自分がサッカーをしたいかとかいろんな場所に出かけたいだとか自転車に乗りたいだとか言うことは親や兄弟をなぜか悲しませるのではないかと思い口が裂けてもそういうことは言えませんでした。

ただただ普通になりたいだけなのに

普通になりたいということすら言えない自分が悔しいのか?恥ずかしいのか?何とも言えないような感情でした。
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学校へ行けない僕と9人の先生は人生の縮図


この作品の主人公も普通になりたいと頑張ろうとするけど普通になれない自分を強く責めてしまうのです。
学校に行けない自分がダメなんだと思い
普通ではない自分がいけない自分だと思い
自分が普通でない分、親が苦しんでいるのではないかと常に気を使ったり
すべて上手くいかないことが自分のせいだと思い込んでいる部分が本当に胸が痛くなって苦しくなるのです。

でもその主人公もドラゴンボールの絵を書くことだけは本当に大好きで誰からも認められるくらいの腕前。
絵を書くことで自分のためな現実から逃げているような、逃げているというよりも強く自分で自信が持てるその世界で生きているような感じがしてイキイキしているのです。

私謝花もブログだったり歌の活動だったりで自分を表現できる世界を持っている部分が重なった気がしてなんかもう心をどんどん掴まれていくのです。

誰が持っている弱い部分と強い部分


ストーリーの最後に主人公は夢みたいな現実が実現するのです。
それは最後の先生がしてくれた事なのかもしれないけども、私はそうではなく長年自分の好きを捨てなかった主人公が引き寄せた現実だと思っています。
私達のつい上手くいかなかったらすべてを投げ出したい気持ちになったり簡単に諦めることを覚えてしまっています。
生活の中で自分自身を無くし自分の弱いところを隠すだけのことにすべてのエネルギーを使い、自分の好きさえもどこかに捨ててしまいがちです。
主人公はどんな状況でも絵を書くことをやめずにそこへのワクワク感を常に感じ自分の生きる道を探していたのではないかと思います。

ぜひ沢山の人に読んで欲しいです

39歳のおじさんは涙腺崩壊でした。


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生まれつきの進行性脊髄性筋萎縮症で車イス生活をしています。進行性脊髄性筋萎縮症とは全身の筋肉が日々衰えていく難病です。 自分の言葉や想いを文字にし、ブログで独自の世界観を表現していきます。 詳細は→プロフィール
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