昔通った居酒屋で実際にあった話。大将に感謝を伝えたい

トピック

2年前の話なんだけど
ブログに書くべきか悩みました

ですがここに書き記すことで
私自身が忘れないようにできるのかなと思って
想いを込めて書きたいと思います

5歳から施設に入っていた私は
毎日塩分や味が決められている
病院食に飽き飽きしていた

それから外に助けを求めるように
職員の目を盗んでは
外に出かけて
ごちそうをいただいていた

施設から歩いて
20分くらいのところに
本格的な寿司と和食が食べられる
小料理屋があった

それが今回話するお店

そこでは本当に助けてもらった

外の空気を吸いながら
施設生活という
縛られた環境を抜け出して
これ以上の贅沢はないというくらいの
時間とごちそうを味わっていた

たくさんたくさん
感謝を伝えたいと
思っていたのだが
もうそれができないのが
悔しくて残念で仕方がない

スポンサーリンク

入所時代の給食が食べられなかった

給食が食べられなかった

今考えれば本当に贅沢で
なぜ、あの時食べなかったのだろうかと
逆に後悔している私がいる

もっときちんと
ありがたく
いただいておけばよかったと
心の底から後悔している

でも5歳から入所している状況では
大人に合わせた食事では
口に運ぶことが難しかった

何よりも
給食嫌いにさせていたのは
塩分や油の量まで
すべて計算され
すべて計量され
調理されていた

なので
野菜炒めが
毎回ピッタリ同じ味なのだ

今現在、家庭で作る料理
母親や自分が調理した場合は
ある程度目分量で
油の量や塩加減や
他の調味料などを入れる

そのため
同じ野菜炒めでも
毎回どこか違っている

そのどこか違うところが
自分たちの口を飽きさせないのだろうと思っている

私がよく使う例えで
コンビニ弁当も
材料や調味料の分量が
毎回一緒

そのコンビニ弁当を
5歳~21歳まで
食べ続けるとなると
はじめは濃い味でおいしいと食べていても
3~4日目からは
味が想像できて
食べたいという気持ちが
なくなってしまう

スポンサーリンク

施設に入所時代は非常食を持っていた

給食がそんな状況なので
どうしても他のご飯が欲しくなる

そのため
大体の利用者が
ベッドの下にカップラーメンを隠していたり
レトルトカレーを隠していたりした

あの時代
カップラーメンのラ王
どれだけ私を救ってくれたか・・・笑

カップラーメンや
レトルトカレーに飽きたら
他のモノに助けを求めてしまう

職員の目を盗んでは
施設を抜け出し
車いすで行けるコンビニやスーパーなどにも
通ったりした

中には15分ぐらいで行ける
近くの弁当屋に
安いタコライスを買ってきたり
100円そばが
めちゃくちゃごちそうに感じた

天気のいい日は
遠出もした

車いすで40分ぐらいかけて
マクドナルドもよく行った

今では笑い話になるけれども
乗用車ではなく
車いすでドライブスルーをお願いすることだってあった

マクドナルドの店員は
普通にスマイルをくれた笑

スポンサーリンク

施設の近くに本格的な料亭居酒屋があった

今考えれば
カップラーメンやレトルトカレー
コンビニやスーパーの惣菜
弁当屋さんの100円そばやタコライス
そして極めつけの
マクドナルド

栄養的に
どうなのかなと思うモノが多く
弁当屋さんだったらまだしも
ジャンクフードと言われるものに
頼っていた過去があった

そんな中
半年に1回くらい
先輩に連れて行ってもらう
本格的な料亭居酒屋があった

施設からは20分くらいで
先輩に連れていってやると言われると
少し背筋が伸びて
嬉しい反面と緊張するような
表現しづらい感情になった

そこでは大将がいて
握ってくれる寿司が
世界一うまかった

今考えてみれば
その時に始めて
私は寿司というものを食べたのかもしれない

ほっぺたが落ちそうというより
全身がとろけてしまうような
今でもあの感動が
じわりじわり思い出すくらいだ

大将は無口でかっこよかった

その居酒屋にいた大将は
ほとんどしゃべることもなく
ひたすら寿司を握っていて
ドラマや映画で出てくる
大将そのものだった

私達が数人車いすで行くと
しゃべることなく
イスをどけてくれて
スッと
またカウンターに戻っていく

寿司を少しだけ多めに入れてくれたり
会計を安くしてくれたりと
本当に本当に助けてもらった

会計を終えて
私が帰るときに
言葉にはしないが
少しだけ顔をゆるめてくれた

また来いよ
と言われてるような気持ちになった

スポンサーリンク

施設から退所してその居酒屋が遠のいていた

5歳から専門の施設に入所して
学生時代も思春期も
すべてをこの施設の時に学んだ

良いも悪いもすべて学んだ

そして20歳を迎えた頃
このまま施設で人生を終えたくないと思い
地域で暮らすことを決断した

すべて介護が必要な状態の私は
周りの人からかなりの反対もあった

それでも
自分の人生は自分で決めると
心に決めて
今日までどうにかやってこれている

私自身のチカラなんて
ほんの少ししかない
いつも大変な時は
周りの仲間が助けてくれている

この感謝をずっとずっと忘れないようにしたい

忘れてしまっては絶対ダメだ

退所して地域で暮らすようになると
お世話になった居酒屋に行くことがほとんどなくなった

あんなに好きだった居酒屋だったのに
あんなに好きだった大将だったのに

人というのは本当に自分勝手だ

20年以上ぶりに立ち寄ってみた

今考えると
あの日、
その居酒屋に立ち寄ったのが
25年以上ぶりになっていた

地域に出て
一人暮らしもできて
今はブログや
音楽活動もできて
これ以上もない充実した日々を過ごさせてもらっている

その日
音楽活動の営業で回っている時に
ふと、あの居酒屋さんを思い出した

付き添っているヘルパーさんに
上記で書いたようなこと
入所時代
大変お世話になった大将がいて
よく施設の職員の目を盗んでは
その居酒屋に隠れて通っていた話
などをしていた

昼間から音楽活動の営業のために
いろんなところを回って
辺りを見渡すと
もうすでに日はおちていた

お腹がペコペコになってるのも
ようやく気づいた感じ

付き添ってるヘルパーさんが

そんなにお世話になった大将がいるなら
今日の夕飯はそこで食べたら?

久しぶりに大将に会えるのは
楽しみだったけど
こんなにブランクが空いては
とても感謝してると言いながら
挨拶をできていなかった
自分の非情さが
とても恥ずかしい気持ちになっていた

でもまたこの機会を逃すと
遠のいてしまうのではないかと思い
少しだけ気持ちに勢いを付けて
久しぶりの居酒屋のノレンをくぐってみた

スポンサーリンク

小さな明かりの中に大将が凛々しくたっていた

居酒屋に入ると
懐かしい大将が立っていた

月日が経っている分
相応に年をとっている様子だったが
あの時の面影と
どしっとした大将は変わらなかった

ただ変わっていたのは
周りの環境がすごく変わっていた

入所時代に来た時は
店内お客さんがいっぱいで
予約をしないと
入れないくらいの人気店だった

現在はカウンターだけ
明かりがついていて
お客さんも
僕ら以外では1人だけ

「身体を壊してね・・・食事というより刺身やつまみを出すような感じだけど大丈夫か?」

大将は気を使いながら
私に話し掛けてくれた

「もちろん!」

と返答しながら、
近くで見る大将が
かなり老けている様子を目の辺りにして
勝手に寂しくなっていた

私に出す
刺身を切っているときや
ドリンクを出すときの
働いている様子を見ると

かなり膝をかばって歩いたり
動作ひとつひとつが
とてもしんどそうに見えて
また、苦しくなった

でも刺身を食べながら
お酒を飲みながら
カウンターに座ったのがよかったのか
大将とも
いろいろ話ができた

入所時代の話や
車いすの仲間の話や
話せば話すほど
昔話に華が咲いて
とても気持ちが高ぶった

初めは大将の体調が心配だったが
話していくうちに
そんなことは忘れてしまい
大将の心が元気であることを知ることができ
ほっとして嬉しかった

あっという間に時間は過ぎ
私が会計をお願いすると
ヘルパーさんと2人で
2000円しか取ってくれなかった

何度もきちんと払わせてくださいと言ったが
とても頑固だった

いやまたこればいいし
これから今までの感謝の分
もっともっと通って
大将の顔を見るのが
自分の元気にもなるだろうと思い
その日は2000円で甘えさせてもらった

大将は2日後に亡くなった


今でも考えられない

大将に会えた事が嬉しくて
別のヘルパーさんに
そのことを話そうと思ったら
そのヘルパーさんは
その日大将の告別式に行ってきたという

その時に私は始めて知った

そのヘルパーさんは
大将の奥さんと同級生で
前々からの知り合いだったという

2日後
お店を開店しようと
準備途中に
カウンターで倒れてるの
家族が発見したという

ショックすぎる・・・

ショックすぎると声が出なかった

あのふと居酒屋のことを思い出した事

あの日夕飯を食べに行った事

食べながら昔話に花が咲いた事

すべては本当にあった事なのか?

自分が見た夢だったのか?

もしかして錯覚だったのか?

頭の中が真っ白になるというのは
このことを言うのだろうと思った

会いたい人には会いにいけ

あの日からもう2年が経とうとしている

音楽活動やいろいろなやらなきゃいけない事のせいにして
あの出来事を振り返ることを後回しにしていた

ブログに書くべきかも悩んだが
書いて残さない限りはまた
私の性格上忘れてしまうのではないかと思い
勇気を持ってここに書こうと思う

今現在は
新型コロナウィルスの影響もあり
できるだけ外出もせず
自粛の毎日を送っている人が
たくさんいると思う

会いたい人に会えない日々が続いている

それどころか
会いたい人に会ったり
外を出歩くことすら
誰かに監視されてるような状態になっている

とても残念だし寂しい

ここからは私だけの意見だが

会いたい人には会いにいけ

人生はそう長くない

それは難病持ってる私だから言う事ではなく
誰だって明日のことはわからないんだ

あとから後悔してももう遅い

いつまでも明日があると思ったら大間違いなのだ

会いたい人には会いにいけ

そしてその人が大切であることをきちんと伝えるべきだと思う

あの時、お世話になって嬉しかっただとか
今でも心の支えになっているだとか
自分の想いをきちんと伝えるべきだと思う

恐怖や不安の中で
自身のしたいこともせずに
身を潜めるよりも

感謝や愛の中で
たくさんの人や心に触れ
世界を広げる方が
生きてきた意味を
もっともっと追求できると思う

会いたい人がいるということ
大切な人がいるということは
自分の存在価値が
強くなっていることの証だと思う

会いたい人には会いにいけ

きっとあなたを待っている人がたくさんいる

 

大将、最後に会うことができて本当に嬉しかったです

ブランクが大きすぎて
すらすらとしゃべることはできませんでしたが
あの日あの時間
どこか違う世界に来たよな
時間が止まったような
とても光っていたような
眩しい瞬間でした

感謝の言葉を伝えましたが
あれだけでは足りません

もっともっと
どれだけ嬉しかったか
どれだけ助けられたかを
言葉にしたかった

店を出る時に
「頑張れよ」
と言ってくれた言葉は
今でもはっきり覚えています

本当に本当に
本当にありがとうございました

大将に感謝しています

タイトルとURLをコピーしました